+東京に戻って千奈津にお土産を渡すとすごく喜んでくれた。「ねーねー、生紫藤大樹はどうだった?」「綺麗な顔だったよ」「いいなぁー」はしゃいでいる千奈津に「仕事しろ」と言って、紙で丸めた棒状なもので頭を軽く叩いている杉野マネージャー。この状況を見ていると、日常に戻った感じがする。あっという間に一ヶ月が過ぎた。私も仕事にだんだんと慣れてきて少しは戦力になってきたのではないだろうか。はなのしおりが無いことに違和感を覚えつつ、なんとか頑張っている。CMもでき上がってきて、最終チェックをして、八月から放映される予定だ。九月からはCOLORのツアーがあるらしく、うちの会社がスポンサーになった。気持ちを押し殺そうとしても、気がつけば大くんのことばかり考えている。好きだとか言ってくれたけど、あれは嘘だったんだろうな、きっと。杉野マネージャーは、あれから大くんのことは聞いてこない。ただ「スポンサーになったんだな」と、ボソッと言われた。「スポンサーになったからもしかしたらまた会ってしまうこともあるかもしれないけど……気をつけて行動するんだぞ」釘を刺されたような気がする。
紫藤大樹side沖縄の撮影が終わり飛行機で帰る最中、目を閉じていたが、美羽のことばかり考えている。――十年ぶり……か。まさか、再会できるなんて思わなかった。予告なしに会った時、俺は自分を見失いそうになった。ずっと、美羽に会えなくなってから怒りしか残ってないと思っていたのに、俺は愕然とした。撮影中も仕事に集中できなくて、どうにか二人きりになりたいって思っていたんだから。バカだよな。何年も同じ女を好きでいるなんて。自分がこんなに一途だとは知らなかった。兄貴が亡くなってからも、俺はあの家に帰ると兄貴がいるような気がしてたまに行ったりしていた。今考えたら明らかに不審者なんだけどね。俺は、とにかく孤独だった。親と兄の死を間近に見て、生きていることの有り難みを知ったと同時に、死への恐怖心も芽生えていた。いつも、どこか暖かい場所を求めていたのかもしれない。美羽にはじめて会った時、なんとなくフィーリングは合う気がしたけど、まさか恋愛感情が芽生えるなんて思わなかった。恋愛なんてできないと思っていたのに、気がつくといつも美羽の顔が浮かぶようになって、辛いレッスンがあった後でも美羽に会えると思うと頑張れたんだ。――兄貴からのプレゼントだと思った。孤独すぎる俺に、与えてくれた兄貴からのプレゼント。きっと、俺は美羽に出会うために生きているのだとさえ感じられて、愛しくてたまらなかった。美羽は言葉でちゃんと伝えてやらなきゃわからないタイプだから、気持ちが通じ合うまで時間がかかった。はじめて美羽を抱いた日。俺は余裕が無くて、ついついソファーでしてしまったんだ。目を閉じると鮮明に思い出すことができる。もう一度、真っ白な肌の美羽に触れたい――……。
沖縄からの飛行機は東京に無事到着しタクシーに乗り込んだ。これから、バラエティー番組の収録がある。「疲れてない?」「いつものことだし」質問してきた池村マネージャーに素っ気なく答えると、自分の胸ポケットからしおりを出した。「それ、本当に拾ったの?」じっとしおりを見つめている俺に話しかけてくる。「ああ、そうだよ」余計なことは、言わないほうがいい。俺と美羽の過去を知ったら、池村マネージャーはすぐに会社に報告するだろう。面倒なことが起きる前に、美羽となんとか話をしたい。意地悪な言葉をかけて冷たい視線を向けて、嫌がることをしてしまった。お詫びをしてまた話をしたい。収録を終えて美羽に早速電話をするが、着信拒否をされていた。その日から、時間を見つけては何度かかけたけど、出てくれる気配はない。美羽は、本当に幸せなのだろうか?あの杉野マネージャーとやら男と本当に付き合っているのかな。俺と別れて正解だったと思ってるのか?自分だけがこんなにも美羽に執着しているのか。美羽が大事にしていた「花のしおり」を見つめて悶々としていた。会いたい会いたいって想い続けていたから、ああやって会えたんだと思う。だから、想い続けていたら、またどこかで縁が繋がるかもしれない。どこかで、美羽を信じている自分がいる。社長や美羽の親が、子供を堕ろしたと言っても、違うんじゃないかと思いたい。今すぐにでも会いに行きたいと思っていたのだが、監視があまりにも酷かったし社長は何度も俺に暗示をかけてきた。『あの子は、結局普通の幸せが欲しいのよ。見返してやりなさい』そう言われていた。『手紙が届いたわよ』社長に言われて渡された手紙の内容には愕然としてしまった。『紫藤様短い間でしたがお世話になりありがとうございました。私は自分の将来を考えて、子供は産まない決断をしました。このことは一生誰にも言わない秘密にします。仕事に励んで頑張ってください。さようなら』美羽が書いた内容とは思えなかったが、字は美羽のものだった。でも、どうしても諦めきれなくて目を盗んで家に行くと美羽は引っ越ししていた。またあの家は空っぽの箱になっていたのだ。大きな大きな傷が心について、涙が自然と溢れ出す。唇を噛み締めながら嗚咽を堪えた。両親も兄も死んで、さらに愛する人へも会えなくなった。どうして
精神が崩壊しそうになりながら、仕事に励んでいた。――美羽。会いたい。すぐに会いに行けないもどかしさの中、COLORはだんだんと知名度を上げて自由に動けない日々だった。そんな、ある日。美羽が大学を卒業する二ヶ月前。そんなタイミングに、俺は勝負をかけ空いた時間に美羽の実家に行ったのだ。何が何でも美羽を連れ去ろうと思っていた。実家のチャイムを押すと家にいたのは美羽のお母さんだった。夕方の時間を狙って訪ねたのだが、美羽は不在だった。それでも人目につくと危ないからと言って、中へ入れてくれたのだ。門前払いかと思っていたから、驚いた。「美羽さんに会わせてください」「あの子を好きになってくれてありがとう。あなたみたいな素敵な男の人が身近にいたら恋しちゃうわよね」優しく微笑んでくれた美羽のお母さんは、やはり美羽に似ていた。「早く会いに来たかったのですが、パパラッチなど、ご迷惑かけてしまうのでどうしても時間を置いてからじゃないと駄目だったんです」「芸能人って大変なんですね」一線を引かれたような言葉に、少し怖気づきそうになった。「……本当に、美羽さんは子供を堕ろしたのでしょうか?」「ええ」美羽のお母さんは、間髪をいれず即答した。それでも俺は、その言葉を受け入れられずにいた。「信じられないです」「残念ながら事実よ。あの子は就職も決まってやっと前を向いて歩き出したの。もう、関わらないであげてください」真剣すぎる眼差しに、その時の俺は何が正しいのか判断できなくなっていた。美羽が、子供を降ろすはずないのに。産んでどこかにいるのではないか? どうしてもそう思ってしまうのだ。「もしも、あなたが美羽を想ってくれるのなら、そうっとしておいてください。一般人の美羽を巻き込まないであげて。陰ながらあなたを応援しますので」その日、俺は美羽に結局会えなくて。それから、ずっと会えなかった。そもそも、俺のことを愛していたならば、様々な手段を使ってでも連絡してくるハズだ。でも美羽は連絡先も変えて、俺との縁を切ったように思えた。愛が憎しみに変わっていく――。あいつを後悔させてやる。そんなふうに思考が塗り替えられていった。そうしないと頑張れなかったんだ。
+「紫藤さんが甘藤のCM出たから、ツアーのスポンサーになってくれたわ」池村マネージャーから報告を受けたのは、振付の確認をCOLORメンバーとしていたダンススタジオでのことだった。汗を拭きながら冷静なフリをする。また美羽の会社と関係することができたが、美羽に会うことはできるだろうか。「マネージャー。関係者席で甘藤の社長さんにチケット送るでしょ? コマーシャルの撮影に来てくれたあの人たちも招待してあげたら?」「そうですね。用意しておきましょうか」必ずしも美羽が来るとは限らないが、可能性はある。次こそ、会えるチャンスがあったら絶対に逃がさない。そんな決意を胸の中でそっとして仕事に励んでいた。家にいる時は、いつもあの「花のしおり」を見ている。今日も一人でビールを呑みながらネットでいろいろ調べる。「しおり」について有力な情報は得ることができない。美羽は、なぜあんなにも取り返そうとしたのだろうか。チャイムが鳴りドアを開けると、寧々がいた。「帰ってきてたんだ? お邪魔するよ」寧々は、わざわざ俺と同じマンションに引っ越してきた。最近は、モデル業の傍ら女優としても才能を開花させている。入っていいと言ってないのに、寧々は中に上がってきてソファーに座った。「また見てたの? ボロボロしおり」「悪い?」「大樹ったら、相変わらず冷たいな。そんなにあたしのこと嫌い?」顔を覗き込んでくる。「嫌いじゃない。恩は感じてるよ」細い足を組んでフーっとため息をつかれる。「なんかさ、最近、大樹おかしくない? 様子が変というか。あの時に似てるというか、抜け殻みたいな……」あの時とは、美羽と別れた直後のことだ。俺のスキャンダルを消してくれたのは、寧々の親父である大物プロデューサーのおかげだった。だから、寧々には頭が上がらない。「べつに、普通だけど?」「大樹。また変な女に引っかかっているんじゃないよね?」「……まさか」美羽は変な女じゃない。寧々は、失礼な奴だ。「なんで大樹は、あたしのこと好きになんないのかなぁ」「俺は簡単に人を好きにならないから」「あたしは大樹のこと、大好きなのに、報われないの?」つぶやくように言う寧々は、俺の様子を窺っている。「寧々みたいな美人なら男なんて選び放題でしょ」「うん。でも、大樹がいい」「お前もそろそろ
+九月になり、ライブツアーがはじまった。ライブがはじまると、かなりハードな毎日だ。でも、ファンと生で会えるのは一番エネルギーをもらえるから、ライブは大好きだ。東京でのライブは十一月三日。俺と美羽が付き合いはじめた日なのだが、覚えているだろうか。自分だけが大事な日だと思って生きてきたのかな。その日、美羽は来てくれるだろうか。来てくれたとしても、直接言葉を交わすチャンスはあるかな。ツアー中もしおりを持って回っている。まるでお守りだ。なんだか、これを見ると落ち着くんだ。不思議だな。なんでだろう。ツアーを回ってきて東京に戻ったのは、十月末だった。業界人が集まる居酒屋で俺はプロデューサーと呑んでいた。そこに店のスタッフがきた。「デザイナーの小桃さんがいらしています」耳打ちをされる。これは、店の厚意だ。業界は横の繋がりがすごく大事になるから、芸能関係の人がいると教えてくれるのだ。プロデューサーとある程度呑んだところで、俺は小桃さんの部屋へ挨拶に行く。世界的に有名なデザイナーの小桃さんは、寧々のファッションショーも手がけたことがあり、面識もあった。「失礼します」ノックをして中へ入ると、派手派手な紫のワンピースの女性が目に入る。小桃さんは、相変わらず奇抜な洋服を着ているが似合っている。「あら、大樹くんじゃない。いたの?」「ええ、プロデューサーと」俺の視線に入ってきたのは、見覚えのある女性だった。美羽の友達の真里奈さんだ。真里奈さんは俺を見て固まっている。「友人の真里奈さん。あー、正確に言うと友人の友人だったの。今日は女子三人で会う予定だったんだけど、もう一人は残業で来られないみたいで」小桃さんは真里奈さんを丁寧に紹介してくれた。もう一人って、まさか美羽じゃないだろうか。「……俺のこと、覚えていますか?」少しでも美羽に繋がれるチャンスがあるなら、逃したくないと思って真里奈さんに話しかけた。「もちろんです」真里奈さんは、俺の目を真っ直ぐ見つめて答えた。「二人、知り合い? えぇ、びっくり。何繋がり?」小桃さんは、一人テンションが高い。そんなことを気にしないで俺は真里奈さんに頭を下げる。「美羽に会わせてください」「なになに、美羽ちゃんとも知り合いなの?」小桃さんは、わけがわかっていない状態だ。「美羽に会いたがってい
ジャケットの内ポケットから、美羽が大事にしていたしおりを出してみせると、真里奈さんの表情は変わった。きっと、彼女は何かを知っているのだ。だけど、小桃さんの手前言えないのだろうか。その時、タイミングよく小桃さんの携帯が鳴り部屋を出て行く。二人きりになったタイミングで真里奈さんは、口を開いた。「なぜ紫藤さんがこれを持っているんですか?」先月からコマーシャルが流れている。「実は最近流れているコマーシャルの仕事で再会したんです」「そうだったんですか? そんなこと一言も言ってなかった」「情報解禁できるまで言えなかったのではないでしょうか?」なるほどというような顔をした。「これは美羽の口から言うべきかもしれないですが、おせっかいかもしれないけど、もしあなたが今でも美羽を愛しているのなら言いますが?」真剣な口調で言うから、俺も真剣にうなずいた。「愛しているから、こんなに必死なんです。俺が芸能人じゃなきゃ、会社の前で待ち伏せしたいですよ。でもそんなことをしたら、美羽にも会社にも迷惑かけてしまう。美羽の気持ちもわからないし……」必死で言うと、真里奈さんは厳しい口調で問いかけてくる。「なんであの時、迎えに来なかったの? そんなに芸能界に残っていたかったわけ?」そんなふうに思うのも仕方がないだろう。キツイ口調なのも、美羽を思ってのことだと理解できるから、受け止める。「想像を超えるパパラッチがいたし、行きたくても行けなかったんです。それでも落ち着いた頃実家に行ったこともありましたが、お母さんに美羽の幸せを願うなら、現れるなと。悔しかったけど、俺は身を引くことが一番だと思っていたんです。それなのに、再会してしまって。勝手に子供を降ろされて憎んでいたはずなのに、俺はまだ美羽を愛していると気がつきました」一気に言うと、真里奈さんの表情が少し和らいだ。「信じますよ。あなたの、言葉」「ええ」一呼吸置いた真里奈さんは「赤ちゃんです」と言った。「赤ちゃん……?」「産みたくて守ろうとした赤ちゃんは、お腹の中で……亡くなったんです」「……堕ろしたんじゃなく?」金属バットで殴られたような、すごい刺激が頭を走った。堕ろしたんじゃ……ないだと?「残念ながら、亡くなってしまったみたいなんです。手術をして退院した日に、咲いていた花だったみたいで。『はな』って名前
+東京でのライブが明日に迫っていた。真里奈さんに会ってから何度か電話をかけているが一度も出てもらえなかった。今日も、俺は番組の収録をしている。頭の中は美羽のことでいっぱいで、胸が痛い。明日、もしも会えたらなんて言おう……。二人きりになれるのだろうか。せめて、子供のことだけでもお詫びしたい。「では、続いてのVTRを見てみましょう」明るい声でふって映像が流れているのを見つめるが、ワイプ撮影もあるから気を抜けない。驚いた顔をしたり、うなずいてみたりしている。……美羽。早く、会いたい……。ライブの当日、リハーサルをして本番に向けて精神の統一をしていた。楽屋でテンションを上げつつ、時間が来るのを待っている。美羽は現れるだろうか。ソワソワする気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をした。「いつになく緊張してるな」メンバーの赤坂が声をかけてくる。「そうかな。普通だけど……」自分の緊張が表に出ているのか。なんだか恥ずかしくて身を隠したい気分になった。「甘藤の社員さん、ライブ終了後に挨拶にいらっしゃるから挨拶来てもらいますね」池村マネージャーが俺に伝える。「わかった」その社員の中に、美羽がいますように。もし、会えたら……。どうか美羽の心に届いてほしい。気合いを入れてステージへと向かった。
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。